スタア 清水義範(幻冬舎)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (9月 17, 2010)

アマゾンでの宣伝文句が、”アイドルだって楽じゃない!人目を憚りお忍びデート、続々出てくる新人達。そして落ち目になったらヘアヌード?芸能界のキビシイ現実を赤裸々に告白したリアル・フィクション”。

内容云々よりも、コンポジションの巧さに脱帽。始めは主人公の綴る建て前ブログ、主人公の感じる芸能界の実際、が平行されて書かれる。やがて物語が進行するにつれ、ブログと実際のキャラクターが一体化し、最後にはリアルな主人公だけが残る。
その骨組みの上に、話が盛られて本となっている。

ここ最近プログラムノートの翻訳作業に追われていたため、気晴らしの読書だったはずが、モノづくりの構造にこだわる視点から読んで感心した。作曲家などに是非読んでほしい一冊。

飆風 車谷長吉(文春文庫)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (9月 14, 2009)

題名の「飆風(ひょう風)」は著者自身の結婚後のおはなし。
中に出てくる車谷氏の他書はもちろん、夫人である高橋順子氏の詩集も読んでみたくなった。

50も目前としたアラフィー婚をし、半年も経たずに、車谷氏は不況のあおり受け作家業の傍ら働いていた企業での失業、つづけて、その衝撃や過去のトラウマから強迫神経症を煩い、、、といった波瀾万丈な人生を語る。

感心してしまうのは、話中の「私」である車谷氏はいたって深刻である一方、挿入されている夫人高橋順子氏の詩は、あかるく、どこか無邪気でもある。バランスの取れた夫婦の理想的な姿を映し出している。

「飆風」のほかの作品でも、「密告」での正義ぶった倫理観や嫉妬が産み出してした結果による後悔など、感情の機微をつぶさに書き出す作風に魅了されっぱなしだった。

Run! Run! Run! 桂望美(文春文庫)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (9月 14, 2009)

生まれつきランナーとして完璧に望まれた体を持つ主人公の葛藤(と挫折?)。

久々のおススメ。昼のひととき一気に完読してしまった本。
いろんな人に読んで欲しいので、ここで内容はあまり言いたくないけれど、ありがちな展開に物語は持ち込まれないので、とっても楽しめた。

主人公は望まれた体を持ち、オリンピックに出るという目標にむかい一心不乱に努力するのが、大学時代に出生の秘密を知り、初めて戸惑い、人間らしき感情を知り始め、、、、。

努力して結果を出せばいい、そのことだけがすべて、という姿勢、日頃の練習が訓練、すべてが実を結ぶことのみ考える。主人公の危うさをひと昔の自分に重ね合わせて耳が痛いところもあった。

物語の運びが良いので、344ページ、あっという間だった。

自分づくり 遠藤周作(青春文庫)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (8月 5, 2009)

始めから納得し、自分と照らし合わせてしまわずにいられない本。

「生活のための選択」と「人生のための選択」。果たして今の、今までの、これからの自分は、どう生きてきたのか、生きていくのか、考えてしまう。

以前も何度か読んだけれども、そろそろ自分で方向を、などと、日々悩んだりしている今の状態には、心にスッと入ってくる、私にとって旬な本である。

人生指南の本は概して押し付けがましいものが多く、辟易することしばしだが、この本は、遠藤周作の円熟した人生観が映されており、実に小気味よく感じられる。

以前、めちゃくちゃな自分をコントロールできずにもがいていた時に、元精神科医のお友達に、『人生にやっていけないことはないんだから、全てのルールはひとが作っていて、何が正しいなんて基準さえ、もともとは無いのだから』と言われ、随分と救われたのを、思い出した。

おしゃれなエコが世界を救う サフィア・ミニー(日経BP社)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (2月 9, 2009)

副題に「女社長のフェアトレード奮闘記」とついた、ピープル・ツリー/グローバル・ビレッジ代表のサフィア・ミニー氏の18年間の記録。

フェアトレードという言葉をご存知だろうか?
国際連盟によって定められた基準は
1 生産者に仕事の機会を提供する
2 事業の透明性を保つ
3 生産者の資質の向上を目指す
4 フェアトレードを推進する
5 生産者に公正な対価を支払う
6 性別に関わりなく平等な機会を提供する
7 安全で健康的な労働条件を守る
8 子供の権利を守る
9 環境に配慮する
10 信頼と敬意に基づいた貿易を行う
以上10点を信条にかかげたビジネスを展開するミニー氏は、バングラデシュ、インド、ペルーなどの地で商品を共同開発し、東京とロンドンを中心にマーケティングを展開している。

本には、会社発足のきっかけはもとより、低賃金で悲惨な生活をしいられている現地の人々のこと、需要のあるようなデザイン&縫製の洋服をつくるために生産者に根気よく教え込む苦労、安い原価に慣れてしまった取引先にフェアトレードの意義を納得してもらう過程など、いろいろと描かれている。

ミニー氏の奮闘ぶりに喝采をおくりながらも、生産の現場の状況を読んで、胸が痛んだ。消費者の一人として、少しでも協力したい次第である。

ところで、このフェアトレードの精神、音楽でも活かせはしないだろうか?

はて?と考えてみても、目にとまった身近な自身のフルートは、パッド(タンポ)にフィッシュスキン(豚の腸)を使っている。出足をくじかれる。

それに、最近は少なくなったものの、外国人演奏家のコンサートの法外なチケット代ときたら、まったくフェアとはほど遠い。

アメリカで音楽のエコについて考えるセミナーを取った時も、学者の卵達がそろって頭を抱えても、何一つアイディアが浮かばなかった。なかなか難しいものである。

バレリーナの情熱 森下洋子(角川文庫)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (2月 6, 2009)

サンディエゴにいたころよく観ていた番組に、sundanceチャンネルの「iconoclast(因習打破主義者)」というドキュメンタリーがある。時代を切り開くような働きをした(ている)芸術家を軸に、彼らに影響を与えた友人達を交えて、決して押し付けがましくないタッチで、人生のかけらを味あわせてくれる番組。

まだ芸術家を名乗れるほどの人生は生きてきていない自分でも、これまで運命的な出会いはいくつかあった。たいてい人やコト(事件)だったりするのだが、たまに本だったりする。また、それが人の生きざまであったりすると、余計入り込んでしまうこともある。

前置きが少々長くなったが、この本に書かれた森下洋子氏のバレエの情熱にも、いたく心を打たれた。『私はただ踊りに生きるだけです』と言いきってしまうほどの強引さで彼女のバレエ人生を語る。

気がつくと、「バレエ」という箇所を「音楽」と換言して読み、おこがましくも、自身と重ね合わせる自分が居た。

実は、現代音楽に傾倒してから、楽譜に書かれたことを忠実に再現するのを目指していたら、自然と練習のアプローチが体育界系になっている私は、フルート奏者が書く自伝に感心することはあっても、入り込んだことは一度もない。

クラシック音楽への入りが大分おそかった私は、現在も勉強中。なにせ初めてのコンサートは小学校の鑑賞教室で、その次は、高校時代に通った小泉浩先生のコンサートだったので、典型的なフルート奏者とは毛色が異なる。共感しにくいのである。

また、サンディエゴの6年はダンサーとの関わりが多かったものだから、より身近に感じてしまうのかもしれない。毎朝のバレエレッスンや、即興コンサート、毎週集ったジャムセッション、なつかしい。

森下洋子氏にならって「私はただ音楽に生きるだけです」と言い切れる人生になるかどうか、まだ未熟な私にはわからないが、これまで、そして今も、一応その路線ではあるので、きつくなったら、この本に道を正してもらおうと思う。

mind over matter -conversations with the cosmos- K.C.Cole (Harcourt)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (1月 28, 2009)

いよいよ2月、入試シーズンまっさかり。

試験と言えば、取り上げられた文章のおもしろさに心奪われ、そして時間も奪われてしまった苦い経験は、誰にでもあることだろう。そんな入試の英文読解に使われてそうなエッセイ集を今回はご紹介。

試験と無縁になってしまった今の私は、気晴らしに、たまに本棚から取り出す本。302ページに90以上の短いコラムが並ぶ。

科学に通じていない私でも興味をそそられるアプローチをとりつつも、専門の知識がスパイスとなっていて、粒ぞろい。

本文だけでは理解できないことも多いので、小さなリサーチも合わせ、1コラムにつき、だいたい1時間弱の科学のせ界への旅を誘ってくれる。

話しはすこし逸れるが、大統領就任で湧いたアメリカでは、パーティに招待されたセレブたちの(しわ延ばしの)応急処置としてボットックスが大流行りしたそうだ。

今やプチ整形の代表格としてあつかわれており、よく耳にするボットックスも、響きが違うだけでボツリヌス菌を注入しているのだから、怖いと思ってしまう。ボツリヌス菌と言えば、戦後の食料不足時に出回った、ぱんぱんに張った缶詰を膨らませていた素である。たとえば、そんな身近な話題もこの本は提供してくれるので、なかなか面白い。

日本語版は、大貫昌子訳で「おしゃべりな宇宙—心や脳の問題から量子宇宙論まで」というタイトルで白揚社から出版されている。

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ 遥洋子 (ちくま文庫)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (1月 23, 2009)

フェミニズムと聞くとむず痒くなる私でも楽しめた。

フェミニズムをめぐって学者たちが、タイトルにあるように、一種の”ケンカ”をするさまが、タレントである著者によって、外の目から、時に内から観察・思考される。フェミニズムもいろいろな側面からの見方があって、多種多様とわかり、安心した。

フェミニズム、というと、サンディエゴ時代の批評科の院生女学者の卵達を思い出してしまう。概して、押しが強くて主張はするのに人の話しは聞かない、ちょっと付き合いにくい人達だった。

音楽のなかのフェミニズムは一種のブームのようで、その専門家が教鞭をとるサンディエゴの学校の批評科の就職率はとても高く、いわばその世界のエリートたち。この本を読んでみて、彼女達は彼女達なりに学会やそれに類似する場で、揉まれていたであろうことがよくわかった。

私の知らないところで、彼女たちも努力し苦労していたことだろう。自分の浅はかな偏見を反省した。

新訳 星の王子さま サンテグジュペリ 小島俊明訳 (中央公論新社)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (1月 20, 2009)

一昨年にはTBSが『みんなで訳そうインターネット版新訳・星の王子さま』という企画までしていたほどの人気で、いろいろな訳が出版されている「星の王子さま」。これは2005年初版発行

最近、これからのことで頭がいっぱいなため、すっかり人生指南的なものばかりだったので、ひとやすみし、メルヘンに逃げてみた。

前に読んだのは何年前だろう? 実は最後まで読み終えたような気がしない。

というのも、メルヘンを読まずして、メルヘンしていた子供だったので、妙な話しだが、事足りていたのかもしれない。

たとえば、満開の桜並木のもと、自転車をこぎながら、目をつぶって桜と”おはなし”して柱にぶつかって怪我をしたり、なんて日常だった、変わった子供だった。

今回はひさびさの再読で、おそらくはじめて完読した。

前読んだ頃と印象が違い、いろんな意味でたのしめた。いやらしくも、物語の裏の含みも想像してしまうのは、今の私だからなのだろう。

先日ラジオで、年寄りになるほど、ストレスが緩和される。物忘れが多くなるということではなく、良い思い出を大切にする傾向が強くみられる、と聞いた。そんなことを思うと、30年後、50年後にこの本を読んでみたい気がする。

The Complete Idiot’s Guide to “MUSIC THEORY” Michael Miller (Alpha)

Uncategorized への reiko.manabe による投稿 (1月 13, 2009)

アメリカの書店ではどこのセクションにも並ぶ。
Idiot’s guide(物わかりのわるい人向けのガイド)シリーズの音楽理論についての本。

これはサンディエゴ時代、学外演奏の予定がなく学校に一学期まるまる滞在できたことがあり、嘱託演奏員から外してもらい、一般教養の音楽入門の授業を受け持った時に買った。

実際は授業のために分厚いテキストがあり、まったくこの本を開くことがなかったが、久々に目を通してみた。

よく説明がついており、たまにくどいくらいだが、やっぱりアメリカ人向け。

日本のそれと違い、習慣化させ体得し自分のものにするのではなく、出来るだけ説明で話しを展開し、どうしようもない所は覚えさせる。

例えば、ト音記号の読み方では、五線の間のそれぞれ音は下からFACE(ファ・ラ・ド・ミ)。五線の各線の上の音は下からEGBDF(ミ・ソ・シ・レ・ファ)だから”Every Good Boy Does Fine.”という語呂合わせ。

別にこの本の著者の思いつきというわけではなく、以前にも聞いたことがあるからアメリカでは一般的らしい。日本だったら一目でわかるまで読み慣れる訓練をするところだろう。

またサンディエゴで教えていた音楽の授業に戻るが、教授の下のアシスタントとして、講義に平行する形でセクション(補足授業)を持っていた。同じ授業で私ともう一つセクションがあり、リズムや書き取り、理論に関してはうちのセクションが優勢でありつつ、負けたのは音程歌唱だった。

これは、音をひとつ与えられてから言われた音程をそこから作るもの。最初の音が必ずドというわけでもなく、時に黒鍵からのスタートであったり、上につくるか下に作るかもテストの場にならないとわからないから、結構むずかしい。

結局、私は、5度までの音程を徹底的に練習させて、それに足したり引いたり展開させたりして音程を歌わせるよう仕込んだ。

一方、もう一人のアシスタントはアメリカで育ったので、アメリカ式に行った。それは、この本にも載っているが、なじみ深い歌に出てくる音程を利用するもの。

たとえば上行の長2度なら、ハッピーバースデイの歌の”はっぴ・ばーすでい”の節の’ぴ’と’ば’から。オクターブなら”オーバーザレインボウ”の冒頭、”さむ・うぇあー”の二音など、、。ひとつひとつ歌いながら覚える。そして与えられた音からその一節を当てはめ、音程をつくる。

ここに挙げたのは、あえて日本人でも馴染みのあるものだが、音程を覚える歌の例は五万とあれど、アメリカで生まれ育たなかった私には歌詞はおろか題名さえ知らないものが多く、手に負えず、別の方法で教えた。

負けん気は強いので、その時は必死だったが、今思い返すと面白い教育文化の違いである。

もし、アメリカ人向けの音楽入門書であるこの本(やこの手の本)でアメリカ留学のための準備を始める人がいたとしても、ちょっと日本人には回り道になってしまう気もするので、自分なりに消化してほしい。

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